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(予告)第7回「観光まちづくりをかんがえる」

第7回 動物園前サイエンスカフェ 
「観光まちづくりをかんがえる ~新今宮周辺・商店街のこれから~」 

6月29日(土) 16:00~18:00(←いつもより遅いので要注意!)

場所:動物園前1番街アーケード
(新世界ジャンジャン横丁から南へ1分、地下鉄動物園前2番出口すぐ)

話題提供:松村嘉久さん(阪南大学教授)

参加費:無料
事前予約:不要




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(↑クリックすると大きい画像が表示されます)


「新今宮」
と聞いた時、みなさんはどのようなイメージを持つでしょうか。
乗り換えの駅?日雇い労働者の町?

ところで今、その新今宮周辺に外国人観光客が急増しているのはご存知でしょうか?
そして、観光客の増加とともにこの町の風景は少しずつ変わりつつあります。

一方でシャッターがあちこちに見られる商店街。
ユニークでショッピングモールにはないあたたかさを持つ商店街ですが、
商店街をとりまく環境は、大型商業施設の増加につれて厳しくなっているのが現実です。

観光化、そして、商店街。

この地域のこれからを語るために切っても切れないこの2つのキーワード。

「観光まちづくり」
という少し聞きなれない言葉から話し合ってみませんか?

話題提供してくださる松村さんは、この新今宮界隈を10数年見つめ続けてきた方です。
今は学生とともに観光インフォメーションセンターを運営したり、観光ガイドを作成したりと、
まさにこの地域の観光に携わっています。

今まで動物園前サイエンスカフェに来て帰るだけだったあなたも、
新今宮駅を乗り換えにしか使ったことのないあなたも、
そして、最近増加している外国人観光客が気になっていたあなたも。

どなた様でも歓迎です。
みんなの意見でつくる2時間。
ご来場お待ちしております!
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Tag:イベント予定  Trackback:2 comment:0 

0427「天王寺動物園界隈100年 ー内国勧業博覧会と新世界の関わりー」

第6回 「天王寺動物園界隈100年 -内国勧業博覧会と新世界の関わり-」 
4月27日 14:00~16:00
話題提供:中川哲男さん(天王寺動物園元園長)

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第6回サイエンスカフェが4月27日に行われました。

さて、今回の話題提供者の方は昨年10月にも来て下さった中川さんです。
前回はご専門の動物の知識を生かした動物園の話をして下さいましたが、
今回は天王寺地区界隈の歴史についてお話して下さいました。




まず、天王寺には美術館、庭園、動物園があるのですがこの周辺が整備され始めたきっかけは
「第5回内国勧業博覧会」(1903/明治36年)でした。

―第5回内国勧業博覧会

「内国勧業博覧会」とは、
「海外の博覧会を模倣し、近代日本の新しい文明や技術や他国の文化を、
人々に伝える啓蒙的な役割を果たす目的で開催された」博覧会のことです。
第5回は国内だけでなく、ドイツやアメリカ、清国(当時)、朝鮮(当時)など外国にも呼びかけたため、
今でいう万国博覧会のようだったそうです。

面白いのがこの時の目玉。
大型冷凍冷蔵庫やメリーゴーラウンド、アイスクリームに余興動物園などは今では珍しくはありませんが、
娯楽の少ない当時の人々にとってはさぞ目新しかったようです。
ウォーターシュート(今でいう東京ディズニーランドのスプラッシュマウンテンのような乗り物)も
この時日本に初登場したのだとか。

― 大阪博物場~天王寺動物園へ

もう1つの舞台は明治8年(つまり内国勧業博覧会より前)に当時の府庁跡、
今の中央区本町橋辺りに開設された、府立大阪博物場。単なる博物館と思うなかれ。
娯楽の少なかった当時には音楽館あり美術館あり動物舎あり、「何でもあり」の
文化センターの役割を果たしていました。当時の書物には「大阪最大の楽園」と記されたのこと…。
今で言うとオープンしたてのグランフロント大阪の賑わい、もしくはそれ以上のことでしょうか?!

さて、ここの動物舎は内国勧業博覧会の余興動物園や住友家の寄贈動物を取り込んで拡大します。
しかし鳴き声や臭気、危険性の声が上がり今の天王寺動物園の場所へと移転しました。

― 住友家と恵澤園、大阪市立美術館

ここに屋敷を構えていたのが絶大な財力を誇る、財閥住友家。
住友春翠は第5回内国勧業博覧会の8年前に今の茶臼山含め57,800㎡の土地を確保し、
(ちなみに東京ドームの建築面積は46,755㎡だそうです)
博覧会中はここに皇太子夫妻や徳川慶喜(!)などが来邸しました。
天王寺公園の恵澤園にその庭園の名残を見ることが出来ます。

しかし静寂を求めて作られたこんな立派なお屋敷もこの頃には、
周辺地域に天王寺公園が出来たり新世界が隆盛したり、遊郭にも近く集会も多く…と
なんだか落ち着かない雰囲気に。
こうして住友春翠は美術館建築(今の大阪市立博物館)と恵澤園維持を条件に敷地と茶臼山を市へ寄贈しました。
この後、戦争や財政悪化で、美術館が開設されるまでには16年ほどを要するのですが…。

―新世界・ルナパーク

話は変わって(今回は盛りだくさんなんです…)
博覧会の跡地には新世界の建設整備が始まります。
通天閣・(今は無き)ルナパークの始まりです。
おなじみ通天閣(フランスの凱旋門+エッフェル塔)と
NYのコニ―アイランドを模して作ったルナパーク。
しかしながら様々な事情から経営不振へと陥ったルナパークは和風興行へと切り替え、

…花街の形成で復活を見ます(時代を感じます)

― 釜ヶ崎・飛田新地

この地域を語るにあたって忘れてはいけないのが通称・釜ヶ崎。
公式にはあいりん地区と言います。
この地域の成り立ちは内国勧業博覧会の際の天皇行幸に支障があるからと、
堺筋の下層階級の人々が、堺筋の拡幅整備を目的に今の釜ヶ崎あたりに移転させられたからだとか…。
なんだか今でも聞いたことがある話です…。

先程出てきた花街は飛田新地ではありません。
大阪には当時いくつか花街がありました。
しかし、明治45年の南の大火で広範囲が焼き尽くされたことで難波新地などの芸妓や公娼が失職、
その代替として大正6年に飛田新地が設けられました。
(遊郭は売春防止法の施行により昭和32年をもって廃止)
飛田新地をご存知ない方もいらっしゃるかと思いますが、
当サイエンスカフェでは時間等の制約でここまでです…。
私自身は井上理津子さんの「最後の色街 飛田」という本で詳しく読みました。

―天王寺動物園
まだ続くの?まだあります。
天王寺動物園に関しては本当にサラッと触れる程度でしたが(聞き足りなかった方すいません。。。)
興味深かったのは演芸チンパンジーのリタ嬢。
洋服を着せ、椅子に座らせ、たばこをくわえ何ともオシャレ…じゃなくて、
このヤラセ具合に人気とともに批判の声も。
また、ライオンとトラの雑種、「ライガー」の生育に取り組んだ時は、
騒ぎ立てて人気を煽ったメディアは生育が失敗して全頭が死亡するや否や態度豹変、批判へと立ち回ります。
これまたいつの時代も…?

そんなこんなで駆け足で新世界界隈の昔へと思いを馳せた今回。
お天気の良い、新緑爽やかなこの季節に天王寺公園や動物園、
そして動物園前商店街界隈へと足を運んでみませんか?
初めての方も2度目の方も、歴史を知れば一層楽しめるはずですよ^^
じっくり回れば今日語り切れなかったこともいっぱい見つかるはずです♪

次回は昔の、ではなく国際化する「これからの」新世界~西成区。
えっ、国際化ってどういうこと…?気になるあなたは次回予告を待ちましょう!

長くなりましたが以上です。お付き合いありがとうございました。
お越し下さった方、お読み下さった方、お話して下さった先生、お手伝いして頂いた商店街の皆様、
ありがとうございました。

Tag:当日の様子  Trackback:0 comment:0 

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Author:zoomae
動物園前サイエンスカフェの企画運営をしています。
ご感想など頂けると幸いです。

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